別府新聞社は新潟の十日町市という所にあります。

米どころでもあり、豪雪地帯としても知られている新潟十日町。

その十日町にも冬が来ようとしています。

ミカンを食べすぎる冬。

布団から離れられない朝。

スルメをストーブの上で焼くお茶の時間。

そんな雪国のくらしが来ようとしています。

雪国のくらしは不思議で面白いです。

独特の空気感があります。

雪国の人は冬と繋がっていて雪に溶けちゃったんじゃないかと思うほどです。

ここでは江戸時代に発行された「北越雪譜」(これも雪国のくらしについて書いた本)を片手に

そんな雪国のくらしを書いていきます。

(もちろんミカンを食べすぎて手が黄色くなったとかも・・・)





▲ここが新潟県十日町市。


雪国くらしの手帖

「その4 塩沢宿の巻」


こんにちは。今日の雪国くらしの手帖は十日町市から飛び出して

十日町市の隣町、車で40分くらいの南魚沼市塩沢という所にお出かけします。

僕たちが行くのは三国街道(群馬県高崎から新潟県寺泊という海沿いの町までの街道)の宿場、

塩沢宿の牧之通り(ぼくしどおり)です。

今でも昔ながらの町並みが残り牧之通りは人気の場所です。


でも、その牧之通りを歩く前に塩沢はなぜ昔、宿場町として栄えたのか説明しましょう。

といっても僕が元々、知っていたわけではなく

塩沢の皆さんから教えていただいた話です。

皆さんが言うには昔、参勤交代(さんきんこうたい)と言って

簡単に言うと全国の大名たちが江戸に行き幕府に対して忠誠を示す儀礼がありました。

で、大名たちがすこし見栄を張ってというか力を見せつけるために

家来をいっぱい引き連れて江戸に向かいました。

でも、今みたいに車がある訳ではないので何回も途中で泊まらないといけません。

その通り道が塩沢で家来たちが泊まる宿場町として栄えたのです。

大名って凄いですね・・・


では、大名になった気分で牧之通りを歩いてみましょう。(笑)





でも、もうお昼なのでご飯を食べます。

牧之通りにあった蕎麦屋の「新そば」という言葉に魅かれ

蕎麦屋に入ります。

入ってすぐ目にしたのは、高〜い天井と高〜い所にある神棚。





なぜ神棚があんな所にあるのかは不明ですが、

なぜあんなに高い天井なのかは分かります。(これも塩沢の人たちに教えてもらった事)

ここらへん塩沢も豪雪地帯ですので雪が積もると光が遮られてしまい

家の中が明るくありません。なので天井(屋根)を高くして

光が入るようにしたのです。

たしかに雪国は天井が高いところが多いですよね。

そんな雪国くらしを観察しているうちに頼んだ蕎麦が来ました。



塩沢の蕎麦はまた十日町の蕎麦と違い

素朴で美味しかったです。

悪い意味ではなく良い意味でコシが普通のやつより少ない感じでした。

さて、蕎麦で腹くっちゃく(新潟弁 腹がいっぱいという意味)なった所で

また牧之通りを歩きます。

そんな感じでぶらぶらしていると古い感じの家があり

扉が開いていたので覗いたら・・・

着物やら何やらが飾られていて、これは雪国くらしの手帖に

書かなければと思い入ってみました。

ここは観光客などに一般公開しているらしく

お酒も売っているそうです。

中に入ると親切な方が説明してくれました。

ここは江戸時代くらいから建っているそうです。

前の道を広げる時、少し変えたそうですが

出来るだけ昔の物を残していといたようです。

これがその印。何かうっすらと書かれているもの分かりますでしょうか?

そう、「花」です。蝶も飛んでいますね。



そして見せていただいた、この庭は250年まえのお庭。










こちらは樹齢300年の木。

長年生きている木はとてもパワーがあります。

「語らない」良さがあると思うんですね。

ゆっくりとした時間で育ってきてるからでしょうか。

しかし、本当に素晴らしいと思います。

他にも見せてもらいました。

ここ、塩沢は織物でも有名です。

その「塩沢つむぎ」の着物。





そしてもう一個、見せてもらったのは

ここの家が昔、火消をやっていた時のハッピ。

家紋があります。





家の人が話してくれたのですが、

ある日、大きなうちわが見つかり「何だろう?」と

思っていた所それは火の粉を飛ばすためのものだったそうです。

夏のうちわには使えないのかな?(笑)

そんな冗談はさておき火消から庭まで色んな物を見せていただいて

本当にありがとうございました。



そして、また牧之通りを歩き始めます。次に向かうのは「鈴木牧之記念館」。

そう、この牧之通りの名前の由来にもなっている鈴木牧之。

この人が何者か知る前に「牧之」はなんて読むでしょうか?

まきの?いいえ違います。

まきのり?これも違います。残念!

正解は・・・「ぼくし」です。

正解した方、おめでとうございます。

でも正解した人も不正解の人も

牧之がどんな人か知らなければ意味がありません。

では記念館に着いたので調べてみましょう。





でも館内は撮影禁止だったので、僕が代わりに書きます。

鈴木牧之(1770年〜1842年)は塩沢生まれ。

塩沢の商人でしたが19歳の時、江戸に行き

地元、新潟の暮らしの知らなさにびっくりします。

そこで雪国のくらしを書こうと現地の人を取材して

出来たのが江戸のベストセラー「北越雪譜」です。

そう、この雪国くらしを伝える大先輩なのです。

この「雪国くらしの手帖」を書くにあたって本当に勉強になります。

こんな昔にそんなすごい人が居たとは・・・

この鈴木牧之。すごい人なので、また大きな特集を組もうと思います。

ぜひお楽しみに。

では鈴木牧之の事はまた今度、別府新聞に書くとして

また牧之通りを歩き始めます。

次に行くのはまたもや古い感じの家。

ここも一般公開をしています。

またもや親切な方が説明してくれました。

「これは明見菩薩像と言いまして体が悪いときに

これを抱いて一緒に寝ると体調が良くなるそうです。

お坊さんがここに泊まりご飯も出してくれたお礼に

言い伝えですが一晩で彫りあげたようです。

像がかすれてしまうのでレプリカですが

明見菩薩像と糸でつながっていますので

抱いてみて下さい。」





なるほど、早速、抱かせて(?)頂くと

最初に言った感想は「気持ちいい」。

本当に不思議な事ですが抱くと気持ちいいのです。



パワーがほわぁ〜んと来て眠くなりそう。

これで何だかすごくスッキリしました。

お庭も見せていただきました。

先ほどの家も立派な庭ですが、こちらもすごいお庭・・・





でも、もう雪の下準備で

雪が降っても潰れないように

「かこい」といって木でかこってあります。

さて、ここには他にもすごいものがありました。

この書。橋本独山という方が書いたものです。



橋本独山は和尚さんでもありますが書に長けた人でもあったそうです。

独山はここ新潟県に生まれました。

全国的にはあまり有名じゃないですが、

独山和尚をお迎えするために

庭を改造するほどのお偉い方だったようです。

力強い書なのに水が流れるようにすらすらとした一面もある

素晴らしい書ですね。(書についての知識ゼロですが)

もう一個、ふと目に入ったものがありました。

「神棚」です。冒頭のそば屋でも出た神棚ですが

僕はなぜか神棚に魅かれてしまうのです。

家の方に雪国くらしの手帖というコーナーで

雪国のくらしを伝えていると説明して写真を撮らせて頂きました。







そして、雪国のくらしと言えば・・・と見せてもらったのがこちら。



「いろり」です。

「あぁいろりって料理に使うやつね。」と

思われると思います。

もちろん、それで間違いないのですが

これはお茶出し用のいろりなんだそうです。

これで出したお茶を飲んだら美味しそう・・・

しかし雪国くらしは本当に面白いですね。

どんどん魅かれていってしまいます。

何だか終わりの〆文句みたいですが本当に

そろそろ終わります。

だってもう、外はこんな感じだもの。



塩沢の皆さん、鈴木牧之さん、そして・・・

読んでいただいた皆さん本当にありがとうございました。

また別府新聞で会いましょう。(文章 別府倫太郎)



雪国くらしの手帖いままでのタイトル

その1 「えびす講の巻」 2013-11-21更新

その2 「はなちゃん登場の巻」 2013-11-22更新

その3 「ばあちゃんのこうこの巻」 2013-11-23更新

その4 「塩沢宿の巻」 2013-11-27更新

その5 「雪国の過ごし方」 2013-12-22更新

その6 「雪の未来」 2013-12-22更新

その7 「雪国の正月その1」 2014-2-2更新

その8 「雪国の正月その2 どんど焼き」 2014-2-11更新

その9 「雪国の正月その3 鳥追い」 2014-2-15更新

その10「雪国の正月その4 むこ投げ・墨塗り」 2014-3-15更新

その11「団子まきの巻」 2014-3-21更新

その12「野沢菜漬けの巻」 2014-11-11更新

その13「お手玉」 2014-12-31更新


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